開発過程

武宮寿一氏がかつて以下のような構造を考案された。

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このスピーカーの特徴は、すでに江川氏が特許申請した、二つのドライヴァーのマグネット同士を結合させることで、振動板の反作用をキャンセルしている手法に加えて、前方のスピーカードライヴァーの後方面と後方スピーカードライヴァーの後方面とを同一のチャンバーに納めることにある。

これは江川氏のように二つのスピーカーを一個のエンクロージャーに納めたシステムではない。ここでエンクロージャーらしく見えるものは、ドライヴァーの一部としてのチャンバーである。であるから、これをあらたにエンクロージャーに入れることもできるし、また平面バッフルにマウントすることもできる、つまり新たな革新的ドライヴァーである。

しかしながら、この二つのドライヴァーによって構成される新しい複合ドライヴァーには大きな問題があった。振動板の反作用をキャンセルするという機能を備えてはいないモノの、二つのドライヴァーの表と裏とを二つのチャンバーに納め、エンクロージャー内の圧力を一定に保つ手法は、すでにエグルストンが製品化している。図で示すように、隣接する二つのエンクロージャーに収められている二台のドライヴァーによって構成されているが、そこには大きな問題が解決されずに残されていた。

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エグルストン方式では、確かに、エンクロージャー内の内圧をドライヴァーの一方は高め、他方は低める、という動作の結果、振動板の運動の如何にかかわらず、内圧は外気と同一に保たれるはずであった。しかし実際には、両者は数十センチの距離を持って離れているために、ドライヴァー付近の気圧の変動は瞬間的に伝達されて解消されることなく、外気と同等の気圧を確保するための、エンクロージャー内部における一定気圧の遍在は実現しえない。さらにもって、気体は、容易に圧縮可能な物質であるために、一方のドライヴァー動くことによってその付近の空気は容易に圧縮されてしまい、一方のドライヴァーのもたらしたエネルギーが他方のドラヴァ―に完全には伝達されない。つまりエンクロージャー内部のそれぞれのドライヴァー付近の気圧は、それらが相互に逆相で振動しているにもかかわらず、一定には保たれない。

一エンクロージャー内において、逆相で動く二つのドライヴァー付近の内部気圧を外気と同一の一定に保つためには、まずできるだけエンクロージャーの空気を少なくする必要がある。空気が圧縮と膨張が起こり得なくなるほどに、その量を少なくする必要がある。例えば、1㎥の空気を1m㎥分、圧縮するのは簡単だが、3m㎥の空気を1m㎥分、圧縮するのは大変困難であるからだ。その結果、それが首尾よく実現した場合、両振動板はあたかもほぼ重さがゼロに等しいほどの軽い金属でつなげられたごとく、一体化する。チャンバー内部(これまではこれをエンクロージャーと言ってきたが以後はこう呼ぶことにする)においては、空気はいわば個体のように固くなっているからである。

 

さらにここにはもう一つの課題がある。このチャンバー内において、二つの振動板によって生じる逆相・音波が相互に有効に解消しあうためには、二つの振動板はできるだけ近くに設置される必要がある。しかしながら、武宮氏の原案は大きな問題を内包していた。端的に長すぎるのである。前戻って、このシステムにおけるパイプは、前方ドライヴァーの振動板側のチャンバーと、後方ドライヴァーの振動板の前方のチャンバーとの間を結合するのである。このパイプは、前方、後方両ドライヴァーのマグネットを、「アルプス越え」のごとく乗り越えなければならないために、不可避的に長くならざるを得ないのである。

元来、武宮案においては、その構造は、二つの機能を持っていた。一つはマグネット同士を結合して、振動板の反作用をキャンセルすること。もう一つは、江川案に見られた限界、二つのドライヴァーが生じさせる二つの逆相を一個のキャビネットに閉じ込めることで、空気の粘性を振動板がもろに受ける制約から解放させることであり、それは、前方ドライヴァーの後方チャンバーと後方ドライヴァーの前方チャンバーをパイプで結合させることでパイプ内の圧力を一定にするということであった。この二つの目的を同時に解決させるために出来上がった案ではあったが、そのために、パイプが不可避的にアルプス越えをしなければならないのであった。

そこでこの問題を解決させる方法として、振動板の反作用をキャンセルさせる構造と、パイプで繋いだチャンバー内の空気を最小にするとともに、二つの振動板の距離を最小にするための構造を別個にすることであった。以下の図では、上下では、チャンバーの内圧の一定化、左右では、振動板の反作用のキャンセル、という二つの目的を二つの構造で実現することになったのである。

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右側は、振動板が動く限りの最小両チャンバーを最短のパイプで結んだもの。左側はそれを二つ組み合わせることで、振動板の反作用をキャンセルした構造である。

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四個の振動板を有する一個のドライヴァを組み合わせたこのスピーカーは後面開放型であるために、ドライヴァーいかなるストレスもかからず、自然な音場を作っていた。このシステムは、ガラスで仕切られた逆相の音、さらに後面からもバイポーラールに音が発されるために、クワドロ・ポーラールとなり、広い音場を作るという特徴があったが、また欠点もあった。音圧を確保するために、縦に四個、全体で16個のドライヴァーを持つために、音源が多くなり、その結果、音像があいまいになるのみならず、合わせガラスとはいえ、ガラスバッフルの固有音がかすかに聞こえる難点があった。

 

そこで新たな試みとして、箱鳴りと背圧が不可避であるエンクロージャーをなくし、板の鳴きが不可避であるバッフルをなくし、奥から音が出てくることが不可避なホーンなしのスピーカーシステムを作らなければならないという課題に取り組むことになった。それにはドライヴァーの逆相を、いかにして順相から引き離すかであった。これまで逆相を順相から離すためにはほぼ三つの方法があった。種々の音響迷路として、長いパイプを使うか、あるいはバッフルで仕切るか、もしくはエンクロージャーで囲うしか方法がなかった。そこで当社が最終的な手法として編み出したのは、ドライヴァーを多数連結して、逆相を遠ざけることであった。それによって音響迷路の持つ共振、また位相の遅れを解消することができると考えたからである。それはこれまでの成果である、四個一組のドライヴァーを基礎にして立ち上げることで可能となった。

この方式の効果は絶大なものであった。単に小口径のドライヴァーで、エンクロージャーなし、バッフルなし、ホーンなしにもかかわらず、低音が出るというのではない。従来では考えられないすぐれたトランジェントを獲得したのである。たとえば、このシステムの振動板を指で軽く押してみると良い。相当な力で押さないと、つまり振動板がへこむぎりぎりまで押さない限り振動板は動こうとしない。いわばコンプライアンスが以上に低い。ということは、低音は出ないはずなのだが、実は逆である。その原理については、特許申請の書類を参照していただきたい。ドライヴァーを互いにパイプで連鎖状に繋ぐことによって、Foはその率こそ下がるものの、どんどん低下していく。最終的には25%もfo低下するのである。

一般にコイルと磁石が振動板を駆動するのではあるが、実は振動板には空気の大大きな負荷がかかっていることはあまり注目されていない。今回のこのチェーン状につなげられたシステムでは、この空気負荷が最初のドライヴァーと最後のドライヴァーでは確かに存在するが、その間の14個のドライヴァーに関しては、それを動かす空気は極めて小さく、ほぼ亡きに等しい。その結果、振動板を動かす以外の駆動力は最初と最後のドライヴァーに伝達されることになり、いわば50mmの振動板に16個のコイルが装備されているのに近い状態が成立していることになる。その結果、これまでにスピーカーでは再生できなかったような、優れたトランジェント特性を得ることになった。

そのことを支えているのが、各々の振動板に挟まれた空気の圧倒的な少なさである。微細な量の空気を圧縮、伸長させることは大変困難であり、それがあえて起こる場合、それは個体に近くなる。その結果、内部の14個のコイルの駆動力はすべて最初と最後のドライヴァーに作用することになるのである。

また振動板と振動板との間の距離が極めて小さいために、互いに逆相の音波を生成するために、それらをつなぐパイプ内においては、低い音から高い音まで、相殺され、その結果ほぼ無音となると同時に、内部の振動板は互いに振動体全体を押すために、最初と最後の振動板は普通であれば、コイル付近のみにしか起こらないピストン運動が振動板全体に起こることになり、分割振動によるひずみが生じない。その結果、従来のスピーカーでは聞くことのできなかった音が生成されることになる。